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■ 2008年7月21日■ 

R35 GT-R デビューレース惨敗!

十勝24時間レース。完走27台中21位。やっちまったなぁー。
ランエボ様には遠く及ばず、シビックにさえもブチ抜かれる!(失笑)

いやっ、この落ち目の国でR35の開発スタッッフ〜は精一杯がんばってますよ。でもね、バブルの頃作られた32みたいな完成度を最初から求めるのは今の日本のメーカーには無理っす。おっと失礼ニッサンはフランスルノーの1ブランドでした。やっぱ半島製の鉄を使うからハブボルト全部折れちゃうんだろなー!!!みたいな。ミツビシふそうにハブの作り方教えてもらうのも手かも!!!みたいな。

いやっ、ニサンを責める気はないです。これが今の日本の工業力って所でしょう。32の時代とはもう違うんです。かといってヒュンダイやポルシェみたいな技術途上国の車買う所まで落ちたくないんで、やぱVスペあたりを買うしかないんだろなー。まあこちらももうじじいだし、とりあえずホンキ走りは32で。普段のゲタに180キロしか出せない35かLFAかなーと。ISFでもいーや。もう今時の重い車に走りに期待するのはやめました。はい。

←あっ、左の写真は大好きなトヨタの2代目セリカの広告使ってちょとパロディー作ってみました。ちょとうけるでしょ?だめ?あそっ。1970年代のネタじゃよくわからない?あそっ。

しかし、デビューレース惨敗でレースできない初めてのGT−R!!!って事であちこちで笑いものになってるみたいだけど、めげずにがんばれニサン!!!!。惨ヲタ(=ニッサンオタク)が見苦しい盲目的なバカ丸出しなレース惨敗の言い訳とかあちこちで展開してるんで逆に反感買って今35って世間的には超バカにされちゃってますけど、ねえ、がんばって作ったんすよねえ。でも、たまたまなんだけど、レースでダメな車である事は確かなんで、ほら7thスカイラインとかトヨタコンプレックスでマークUマネしたハイソカーとしてデビューしたのに、最終的にはグループAマッシーンのGTS−Rまで発展させてレースしちゃったなんて例もあったりするんで、これからの展開期待してます。32は超えられなくてもいいです、無理はいいません、テカもうデビュー戦ボロ負けで実際もう無理だし。せめて7thくらいの感じで尻上がりでいいからレース活動の方をちょと持ち上げてほしいと。いや自分は国産車ファンなんでどーしても惨ヲタみたいにバカ丸出しになって盲目的にニサンばかりを応援したりできないんで、ごめんなさいね!悪気はないんです!それなりに努力は評価してますんで。34の不真面目というか手抜きというか幼稚というかむしろ白雉な車作りよりは遥かに35の車作りの姿勢はすばらしーと思ってますんで。はい。期待してます。めざせ7thスカイライン!!!

■ 2008年1月 ■ FSW

荷物満載の営業用ライトバンでFSW流してたら新車が走ってました。どーがもありまつ。

←動画コーナーへ (左の写真をクリックしても行けます)

そうそう、去年の12月に営業用ライトバンで筑波も走りました。いや所詮バンなんでおせーですけど。そのあたりの動画もついでに。

ライトバン(ランサー)は
タイヤのみ050M(ノーマルホイル)
ブレーキフリュードのみ変更(ノーマルパッド)
アルミ板ブレーキ導風板ガムテで追加
(フロントのみ)

サーキットカウンターで速度リミッターカットのみ
他は完全ノーマル



↑写真をクリックすると別枠で大きくなります

■ 2008年1月12日 ■ 東京オートサロン

掲示板にはギャルや車の写真ある程度貼ったんすが。
また時間できたら別ページにまとめてアップします。


■ 2007年12月2日 ■ ニスモフェス

目玉の35GT-Rデモラン。前日12月1日土曜のテスト走行でS耐マシンの12秒落ちだったという話を聞く。そこで今年のFSWのZ33の予選タイムを調べると1分48秒。っつー事は新型GT-RのFSWのタイム、2分フラット???。うーーーん、自分の32より遅いじゃん。なーんだ。ランエボとかCPやるだけで素人でも1分57秒で走れたりするらしい。改造不能の35GT-Rもやっぱ軽〜く手を入れた街のエボにやられちゃうのかー。まあVスペに期待っすね。はい。どっちにしても買うならそっちなんで・・・・。

っとちょと失望していたら、もさんからちょとまったの声。日曜ニスモフェス当日自分のビデオの調子が悪くなってデモランのタイムとってる余裕なかったんすよね。ところがもさんがメインスタンドでビデオ回しっぱなしにしてたそーで、それで計測すると厳しく見積もっても54秒くらいは出てそうという話。なーんだ、ちゃんとしたタイム出るんだ。でちょと一安心。

いやね、ニュル38秒でFSW2分はねーよなーとは思ってたんすが、ひょとしてニュルみたいに曲がり少なくて緩いカーブの連続なら路面のうねりの上下荷重だけ注意すれば重量あってもタイムロスせんのかなー、FSWだと重量モロに効いちゃうのかなーとかいろいろ妄想してたんすが、うーーーん、FSW54秒あたりならとりあえずええんでないすかね。ギリギリ。いやいやいや。本当は50秒切りくらい出してもらいたかったすけど、まあそれはVスペにやってもらうっつー事で。

そうそう自分は最終セクション入り口のシケインでビデオ回してまして、←ここにアップしてたGIFアニメクソ重いんでユーツベに変更しました。さらにもうちょい解像度あるマシな動画見たい方用にWMVファイル用意してます。

こちら→ http://gtrgtrgtr.web.infoseek.co.jp/



↑このスロー動画の音声付通常速度のWMV動画はこちら↓
    http://gtrgtrgtr.web.infoseek.co.jp/1992fisco.WMV

※ いやね、FSW2分しかでねーんじゃしょーがねーだろでいろいろ掲示板に愚痴書いたんすが、えーーー、実は54秒くらい出てそって事で話ひっくりかえっちゃいまして。とりあえずその愚痴の中で使える部分をちょとだけこちらに転載します。

『レースカーってのは相対評価で判断される。絶対評価で50年前のF1マシンが仮に現代のアルトターボ改造車に競争して負けたって50年前のF1マシンの価値が落ちて、そのかわりにアルトターボが世界の自動車博物館に飾られるわけではない。第二世代GTRが他のスポーツカーに対して圧倒的優位にたってたのは32がデビューして最初の4年の間くらい。33、34は絶対的にはわずかに性能向上してたのかもだけど、2リッターにランエボにちぎられた時点で評価はゼロ、相対的な性能はどん底に落ちきっていた。いや34はむしろ絶対評価でも後退していたくらいで・・。とにかく車はその時点、相対評価で比較しないと意味がない。ウチのホムペで再三34はクソ、32はすげえって言ってるのはそこなんすよね。

そーいった観点で今度の35が32超えられるのか。今や普通の37スカイラインクーペでも32GTR並の性能出てるとかいう記事読んだけど、まったく意味のない比較をしてどーするみたいな。それより型落ちかつ小排気量のランエボに後発のスカクーペが負けてる事の方が問題だろみたいな。

32GTRはスパ24時間でポルシェを粉砕した。ベスモバトルなどでもポルシェが束になってかかっても32GTRにはまったく及ばなかった。なんで32と同等に世界実力ナンバー1を目指すのなら当然35GTRも現行同士の比較でツルシのポルシェに負けるちゃうのはまじいでしょ。ポルシェGT3ってツルシで富士48秒だもんなー。いやスリックのタイムだけど、パワーの割りに速い。35GTRもスリック履いただけで54秒からイッキに48秒超えできるのかなー。それより35GTRと同時?デビューのポルGT2はもっと強烈みたいなんでホントに大丈夫なの?みたいな。とりあえずいきなりニュルタイムは負けてるみたいだし。32も完全ツルシで当時のポル964だとカップカーに勝てかどーか微妙ってば微妙だけど、ちょいブーストアップで確実にチギる事ができた。えーーー、なんでどっちにしても35で32超えするなら、うーーーん、やっぱツルシでFSW50秒は切ってもらいたいよなー。Vスペでもいいから。

まあ世界の市場で評価を得ようとするなら、世界の比較的はえー車がみんなテストしてるニュルで比較するのはアリでして、あそこのタイムをガッチリおさえるのが必要条件だってのはわかるんで否定する気はまったくないんすが、えーーーーー、よーーはVスペは国内サーキット、まあ重量重いんで筑波はもうええです。無理せんでも。国内で一番高速サーキットの富士でブーストアップランエボにあおられず安心して走れる50秒切りくらいが希望ですと。

いやニュルは確かに5トンもフロントタイヤに荷重かかってすげーかもだけど実際日本で買って走る分には関係ねーもん。ブランドハンドバック買う感覚で、ニュルの5トンに耐えるタイヤ付きの車だーすげーだろって駐車場に車並べるだけで、実際にはロクに運転できん感じの連中が一番数が多いんで、商売としてのマーケティングはそれで正解だと思うんすが、身近な日本のサーキットでエボにビタあおりされまくるのはやぱ見た目的にもマジーんで、充分にマージンお願いしますと。32がデビューした当時くらいのね。

ってなネタフリで手持ちの1992年頃撮影した古いビデオの登場ですよ↑。32デビュー当時は富士でヨーイドンすっと1コーナーまでカップカーやターボ含むポルシェ勢をイッキに13台抜いてトップに出れちゃうくらい性能差あったのよと、ホムペにある動画をGIFアニメにして貼り付けました。(ポルシェ964時代) いやね、ここまで話ひっぱって何を言いたかったのかっつーと、実は年寄りが昔話をしたかっただけでして、15年くらい前すかね、32でサーキットでボルシェいびりたおしてた時代、本当に楽しかった。青春だったなーみたいな。それが言いたかった。いやね、また新しいGTRで青春よもう一度ってな事でちょと期待してまして、はい、死にかけのじじいのヨレヨレ運転でも若い衆のド速い強烈なシルビアやランエボとかにつつかれないよーに、勿論ポルシェなんかハナクソみたいに点にできるくらいVスペ充分に国内サーキットでド速い感じで仕上げよろしくお願いしますって事で。いやいやいや。ほら、もう最近は富士のスポーツ走行とかでポルシェGT3カップカー見かけてもついてけねーんすよ。いくらポルシェがローテクだっつーても20年もハンデがあると微妙に追いつけない。ポルシェみたいなローテクで見せかけだけの車にどんなカタチでも追いつけないってのはちょとやばいんじゃないかと。なさけないんじゃないかと。元々GTRってポルシェいじめするための車でしょ。もうそれは54B時代からの伝統なんで。いや個人的にはポルシェはGTRにいびられる為に存在してるって認識でいるくらいでして。それが確実にできるよーな感じでVスペの煮詰めよろしくお願いしますと。んな感じで。


■ 2008年2月5日 ■ YOUTUBE

YOUTUBEデビューしてみました。

32知らない他の国の連中に32はもっとすごかったのよって事で。ぐひひ →

YOUTUBEで見るバヤイはこちら↓

http://jp.youtube.com/watch?v=Q7jMznT51-4

 ← ついでにこれも。

 YOUTUBEで見るにはこちら↓
 http://jp.youtube.com/watch?v=wXPN3S8_UHs

■ 2007年10月26日 ■ 東京モーターショー

本日金曜 招待日に行ってきました。
ちょと運転席に座ってみました。
うーーーん、やぱ座った感じは普通のスカイライン?

やはし走ってナンボの車すかね。んなトランスアスクル新設計して相当気合入ってる感じなんで走りに期待したいです。街乗りパーツ屋並の素人レベルの志の低いチェンジを惰性でした34とは比較にならんくらい気合がみなぎっておって好感が持てます。重いのがちょと気になるけど、そこはド高いタイヤでカバー?




うーーん。鼻は随分軽そうっすよね。Z33だって35スカイランだってV6モデルは直6とは比較にならんくらい鼻軽くて具合よかった。今度のはさらにミッションが後ろにいったんでええ感じなんじゃろなー。でもトランスアスクル自体が原因で絶対重量が上がっちゃったみたいで、それはちょとなんとも言えない所ではあるんだけど。

いやね、928とか944とかトランスアスクルFRけっこう経験あるんすがちょとRRっぽい動きつかヨーがはえーんで運転むずかしーんすよ。まあそこは4駆でカバー??




りょーほーほちい・・・( GIFアニメ重すぎなんでユーツベにしました )

■ 2007年10月24日 ■ 35GT-R正式発表   ニュル 7分38秒54

ネットで東モのGT−R発表会生中継。いきなしニュルの車載ではじまった。なかなかやるねぇ
7分38秒54ってなかなかハエーじゃん。33で前科があるんで八百長はまさかこのご時勢でしてねーじゃろし。

にしてもこのタイムじゃもう古いGT−Rいじっちゃあわねーっすね。もっとも第二世代GT-Rって基本設計は20年前の車なんで、少しは進歩してくれてなきゃー困りますけどね。

さーーて、後はどーやって資金調達するかかー。いやいやいやいや。まいったなー。

いやっ、一応その前に乗ってみないといかんすね。高い買い物だし。34GT−Rも試乗する前までは買う気マンマンだったんで。
乗ったらあれ?ダメだこりゃみたいな。今度のもなんかで確認せんと・・・


■ 2007年10月16日 ■ 新型 35 GT-R

へえ〜、もう顔出てるんだ。ミクシで当 「GT-R GT-R GT-R」 のコニュニティに参加されてる方が新型GT-Rトピックに写真貼ってくれまして。どもどもです。

mixi 「GT-R GT-R GT-R」 コミュニティアドレス

http://mixi.jp/view_community.pl?id=2096278

ここ行けばもっとたくさん写真あります。どもどもです。

しかしカッコ悪くないじゃんねえ。あんだけ顔隠しててプロトとまったく同じなんて事あるハズもなく、それなりにヒネってある感じで。S30とかアストンみたいな感じ?いや何にも似てない所がええっすね。インパネの写真とか見ると70年代のニッサン車みたいなニッサンくさーい感じ。なかなかそれはそれで味わいあってええんでないすかね。やばい。ちとほしーかも。いやいやいやいや。


■ 2007年10月10日 ■ F1日本グランプリの感想文

んで30年ぶりの富士F-1、実際どーだったのっつー話っすけど、面白かったすよ。金曜フりー走行は晴れで空いてたんで全周徒歩で回ってF1の富士の走りをチェック。やっぱ自分で走ってるコースなんで走った事ないサーキットのF1映像見るのと全然違って、へえーここはこんななんだーってな発見だらけ。驚いたのはパワーよりもコーナリングスピードとブレーキっすね。スタンド側から見た100Rの車の飛び出しスピードのはえー事はえー事。300Rから最終セクション入り口のつっこみのブレーキングの短くて強烈な事。空母でフックひっかけて止まる戦闘機みたいな感じ。中の人間どーなっちゃうの?ってなくらいのストッピングパワー。すげえなこりゃみたいな。思ったよりたいした事なかったのがストレート加速。所詮NA2.4リッター。やぱ何レースも使える仕様なんでパワー天井知らずのターボF1やグループC、グループAと比較すっとちょと迫力が足りない。1コーナー100メートル手前まで全開で行っても時速300キロちょいでしょ。ナンバー付きGTRとか重いんで1コーナー200メートル手前でブレーキングせにゃならんけど速度は同じくらい出る。さらにF1は車体安定してるんで見ていて安心感ありすぎでなんか速度足りなくね?みたいな。グループAで32GT−Rがタバになってストレート加速してる姿の方が迫力あった。ちょとこれは意外だった。いやF1も音だけはすげーけど。音のすごさに速度が負けてね?みたいな。もっとも中国GPでも最高速同じくらいだったんでみんなギア比で頭打ちになってるだけなんかな?トヨタとか自分ちコースなんだから最高速狙いとかしてくれればよかったのに。いやいやいや。にしても日本チーム全チームでビリ争い状態で日本も落ち目かと思えば、実際レース見てみるとエンジンパワーはホンダがフェラーリに教えてやった技術そのままでレギュレーションで固定。レブリミットも決められていて無理してない。キモの脅威のコーナリングとブレーキングは国産タイヤと国産ブレーキの仕事。なに日本の基礎技術の上で白人連中がゲームやってるだけじゃんってな見方もできる。ちょと負け惜しみなんじゃろけど。

それとあいつら想像以上にアクセルで曲がってますね。いや当然かもだけど。旧AコーナーのGTRだと3速気合で入ってくところ、アウト側のドテで見てたらマクラーレンのアロンソかハミルトンか知らないけどホンキでつっこんできましてね、思い切りつっこんできてケツだけで曲がってやんの。すごかった。ほんとねここはやべえ、エスケープ少ないからここに居たら殺されると思いましたよ。やぱすげえ運転してるよなー。事故あったら観客巻き込むんでね?ってなくらい迫力があるのが富士のいい所で。そこを自分の判断で見る場所決める楽しみが残ってる所がね、サバイバルな感じでやっぱ富士はええよなーと。キモヲタに欠点つぶされてくだらねーテーマパークみたいに整備されちゃう前だからこそ面白い。そうそうスカパーでフリー走行見ると最終セクションのかったりー複合とかD1みたいに全部ドリフトでつないで処理しちまってる。やぱF1の走りはなかなかイケてますよね。ちんたらおっせー車でグリップ走行でないとタイムでねーとかオタクがぐたぐた御託並べてるの見かけたりしますけど、おめーらこの走りナマで見てみそ?みたいな。教科書どーりにすべて物事済ませる事できるっつー発想捨てる所からやりなおした方がいい。

そうそう90分2本。初めてのコースでデータ取りってのもあるんすけどみんな走るんすよ。合計3時間もう全開みたいな。決勝よりハードでね?みたいな。2レースもたせなきゃならんルールなのにエンジン温存しよーっつ感じまったくなかった。そんな走っちゃって大丈夫なの?みたいな。そんだけ信頼性が高い?っつーより無理なパワー競争してない?予選スペシャルで予選1本走ってエンジン壊すよーなムチャはしない時代になったっつー事だけは確かっぽい。エンジンはレギュレーション内でそこそこ壊れない程度にしといて走り込みのデータ取りと車体セッティングで勝負が現代のF1?って感じ。

そうそう、それと金曜にはじめて見たコースで車あわせて日曜でレースなワケで、やっぱサーカスみたいにはるばる遠くから手持ちの荷物だけで現場に来て誰かが即座に現場で判断して作戦たてるワケで。現代F1はデカイ資本で組織力の勝負みたいな言い方もされてるけど、結局勝負してるのは現場の人間なんすよね。誰かの判断。誰かのひらめきがキモになってる。これはまだF1が草レースみたいな小さな組織で行われてた時とまったくかーってないすね。三日間レースの展開みてそれがよく確認できた。何もわかってないアフォなタレント解説とかが30年前のレースと今は中身が全然違うなんて言ってるけど、どこに目つけてんだか。あわただしいスケジュールの中で短時間で現場で車あわせする作業みてるとF1程人間臭いレースはねえよなーと思える。鈴鹿も第1回開催とその後もう1〜2回観戦に行ってるけど遠いんで決勝以外は見た事なかった。今回近所の開催だったんでフリー走行から全部見てみたんすが、全体の流れ初めてナマで見て、こんなにF1がこんなに人間臭くて面白いもんだとは思わなかったす。

んで翌日の土曜公式予選。流石に混んだんで指定席のメインスタンドで観戦。ピット前なんで予選中のチームの駆け引きがテレビ以上に楽しめた。テレビはリアルタイムで車載とか入るんで全体の流れがつかみにくい。生で見るとピットの動きを常に見ながら結果と走りが同時に見れる。なんでどーいった駆け引きが行われてるかよく理解できる。ドライの金曜走行もすごかったけどやはし勝負のかかってる予選はこれまたぜんぜん伝わってくる走りの気迫が違う感じ。雨なんで速度落ちるしやいやいつまんねーなーと思ってたら雨とか関係ねーっすね。ピットの雰囲気とかホンキで勝負してる緊張感がビンビン向かえ側のグランドスタンドまで伝わってくる。ハミルトンとアロンソが交互にピットに入ってタイムアタックする姿迫力あったす。テレビじゃあの迫力ほとんど伝わってなかった事にも驚いた。こんなにこいつらマジなんだみたいな。いやマジなのはわかるんだけどその緊張感がね、すごかった。あのガチガチの勝負は面白かったー。そうそうテレビとかで見ると時間切れ最後の一周で結果がバンバン入れ替わるじゃないすか。あれってみんな待ってて最後に勝負かけるんでなくて時間中めいっぱい仕事してるんすよ。ダメだとセッティングやタイヤかえてまた勝負に出てく。予選時間中みんなめいっぱいやってるんすよね。その結果時間内でもどんどん走りこんでセットアップが煮詰まっていって結局最後にいい結果が出て最後の一周で記録更新の嵐になって結果がきまる。エンジンがヘタらないくらいのそこそこのパワーなんでそれも可能なんじゃろな。決められた時間内に現場の条件を誰かが判断していかに的確な判断で早くセットアップを仕上げる事ができるかが勝負みたいな。決勝も同じ事なんでしょーけど予選はそれが短時間に集中するんで本当に面白い。いや30年前に富士でF1やってた本物の近藤レーシングさん、いっしょにサーキット行くと現場でものすげー気迫でセットアップするんすよ。まだ時間あるからあれやろーこれやろーでもおね、ものすげー迫力なんすよ。このパワーはなんなんだろって前から思ってたんすが今回F1予選をナマで初めてみてよくわかった。近藤さんがやってるのはやぱF1なんだみたいな。短時間で今手元にあるものでどーやって結果に結びつけるかみたいな。近藤さんが30年前の富士のF1で世界を驚かせた仕事っぷり、今もみんなやってる事同じなんすよ。ほんとにね、それには驚いた。なるほどーーみたいな。いやいやいやいやいや。なんでナマで見た収穫大きかったすよ。ナマの近藤さんの仕事もナマのマクラーレンの仕事もまったく同じテンションだった。うーーーーん、やっぱF1はおもしれえ。

 

んで決勝レース。1976年の近藤レーシングさんが世界を驚かせる活躍をしたレースと同じ荒れた天候。なんかワクワクしましたねえ。やっぱ富士はなまやさしいコースじゃないと。富士をナメてもらっては困ると。ペースカーのベンツクーペの先導で永遠フルコースコーション走り。うーーーん、雨足も弱まる感じしないし、まあこのままベンツ先導で払い戻しにならない周回走ったら終わりかな?みたいな。いつかのミシュランボイコットレースみたいな事もあるし、まあこの天気じゃしょーがねーかな?みたいな。そしたら放送で次の周回ベンツが入りますみたいな。マジなの?正気なの???みたいな。富士のレースにつき物なんすが観客の事考えて走らせようとする主催者とオレら殺す気か?って事でレースやめようとするドライバー側とのぶつかりあい。まあ天気悪いと雲の中に入っちゃう標高800メートルの富士は毎回恒例の話なんで、はいはい、もう終わりかなーと思ったらレースはじめちゃった。信じられなかった。後でスカパーの録画見たらドライバー無線でみんなボヤきまくってましたよね。もうやめようみたいな。ちょとそれ見て安心したす。F1ドライバーもやっぱ同じ人間でやぱ雨の富士は怖いんだと。あの状態で喜んで競争やってるとしたらどっかおかしーんでね?って事なんだけど。いや、あのライコネンの抜きぷっりはやっぱWRCドライバーの産地出身ドライバーだけの事はある?やぱ理解不能の走り?最後のマッサの寄せ合いも面白かったし。うーーーん、やっぱ富士はすげえコースっす。速度も出るしコース幅も広いし、普通にはレース終わらない。これが富士の伝統っすね。そこを見てもらわんと。

 

あのねぇ。今富士の運営がどーたらこーたらつまんねー話題でもちきりだけど、こんなおもしれーレース見れたのに、おめーらバスの行列の事にしか関心もてねーの?みたいな。やぱ日本人って世界一ヘンな国民なんかも。トヨタの運営もそりゃおかしー事だらけで、確かにあっちでは本来F1なんかお祭りとしてみんなで車で集まってテントはって街ぐるみでワイワイやって、そーでなきゃおかしーってのもわかる。黙々とバスで運ばれてコースに整列させられてレースだけキチっと見てまた列作ってバスで帰ってくこのレースの雰囲気は確かに異常だった。殺伐としたバスの行列見てるともう薄気味悪いくらい。ヨーロッパのF1文化とか直接は見た事ないけどおそらくまったく異質な雰囲気なんじゃろな。たしかにヘンだけど、これまたその行列の待ち時間がどーたらとかそこにしか関心がいかない日本のレースファンの反応にも驚いた。もともとサーキットみたいに年に一度しか有効利用できないよーなデカイ施設は地価の安い不便な僻地に作るしかないワケで。そんなもん東京23区内に作ってアクセスよくしたらS席100万でも足りなくなっちゃうでしょ。だいたいにして日本は世界に類例がないくらい狭い国なんだかだから不便なのはあたりまえ。レース面白かったんだし年に1度しかないんだからちょっとくらい列に並んだってたいした問題でないでしょ。

ほらディズニーとか行くとファストパスだなんだかんだワケわかんねー技駆使していかにうまく行列に並ぶかっつーゲームをみんな楽しんでるだけ?って感じがする。規則正しく列作るのだけがひょとしておまいらの生きがい?ってなくらい。日本人ってほんとそーいったモノ好きなんすよね。だからF1の最大の関心事はレース内容よりもパークアンドライドのアクセス方法にあったんでないの???って思えるくらい今話題みたいっすね。んで例によって重箱のスミつつくよーな話題でみんな燃えまくりみたいな。そんな事よりこーんな面白いレース見れたんだからそっちの方が話題としちゃ先なんでね?みたいな。鈴鹿だって作られたばっかの頃はみんな靴泥だらけにして観戦して名古屋駅構内や新幹線の中までみんな泥だらけになったつー話だし。鈴鹿だってまともな運営できるよーになるまで何十年もかかってんだから最初はそのくらいの事あってあたりめーじゃね?みたいな。

トヨタの運営おかしーかもだけどそれ以上におかしーのは日本人の反応の方でね?どっちもどっちでね?みたいな。まあそれが世界孤高の日本の文化なんでそれはそれでええんでしょーけど。

そんな事はどーでもよかったりで。そのくらいレース内容は面白かったす。やっぱね、観客もレーサーも運営者もみんな死にそーになるのが富士って事で。くっだらねーディズニーランドで整然と退屈な列作るよりずっといろいろハプニングもあって刺激的で楽しかったす。まあこれは好みの問題なんしょーけど。いやいやいやいや。


■ 2007年9月28日 ■

マスコミの幼稚な事実隠蔽工作発覚!!

2007年、F−1日本グランプリ金曜フリー走行見にいってきました。

バス乗り場降りたら「体感パビリオン」っつー意味不明な展示場に 30年前の1976年「F1 IN JAPAN」で大活躍したコジマF-1が展示されていました。

ところがコジマF-1のサイドポンツーンに貼られているハズの 「近藤レーシングガレージ」 のステッカーが黒いビニールテープで隠されていました。

散々テレビで76年のF-1の話題を取り上げておきながら主役だったコジマF-1の話題が出てこないんで、うーーーん、テレビ的にいろいろ他の事情でもあるんかなーと思ってたんすが、この瞬間、それが完全に勘違いである事がわかりました。

車自体に問題あれば近藤レーシングのステッカーだけ隠して展示なんかしませんよね。

ははーーん、やっぱ原因は例の 「クソガキ」 かあ。こんな卑劣な事してなーーんの得にもならないのにねえ。やっぱり・・・バカなんだろなあ・・・

← これが本来の姿ね。オーナーさんに確認したら

「そんな汚くかざってあるのならすぐ引き上げるぞ」 と貸し出しした先に連絡したそうです。

あの手つくりステッカーはオーナーご本人相当こだわってるそうでして・・・・

 

■ 2007年9月29日 ■

翌日予選日に再度チェック。オーナーさんからの怒りの連絡受けて、ちゃんと元にもどってました。

いや、警告したのにもかかわらずもしビニテはったままになってたら自分がはがしに行く事になってたんすが、朝一番で会場に行ったらもうキレイにはがされてました。いやね、これの原因になってるヤツ呼び出す勢いで出向いたんすが空振りでした。いやいやいや。

しかしレース屋さんのネットワークすげーです。オーナーさん英国に居たらしーんすが、すぐ連絡とっていろいろ対応早かったよなー。

いやいや自分は見てただけなんすがとりあえず元に戻ってよかったです。はい。

しかしんな卑劣でみっともない事して、どーいう感覚なんでしょーね。ミエミエな事実隠蔽工作モロだもんなー。ヤツらのやってる事ってこんなレベルなんだろなー。ほんとヘドがでる。

30年ぶり30年ぶりってテレビでやってるけど、30年前のF1で主役だった伝説のこの車の事報道しないって姿勢、ほんと報道なんていい加減なもんす。こんな事やってっから若い連中とかのテレビ離れ止まらないんじゃろなー。ビニテで事実隠すレベルの報道やってっからもう若い連中はみんなそれ見破って感じてるんじゃろな。あまりにマスコミの連中のやってる事のレベル低いんで、もう誰もテレビなんか見てない。もおね、マスコミの連中のやってる事、ホント終わってるね。


あなたは本当の 「近藤レーシング・・・」 をご存知ですか?

日本のレース史を語る上で絶対に欠かす事のできない 近藤進治氏(昭和21年生)の 「近藤レーシングガレージ」。(KONDO RACING GARAGE)

サンエスホンダ、伝説のヨシムラでの修行時代を経て1974年に富士スピードウエイのレース村に「近藤レーシングガレージ」を設立。

日本初のF1 プライベートプロジェクト 「マキF1」 「コジマF1」 に深く関わりを持ち、

1976年の 「 第一回F1日本グランプリ 」(富士スピードウエイ) においてあの伝説のコジマF1の 「奇跡の大修理」 を成し遂げる。

当時来日していた F1の神様コーリン・チャップマン(ロータスの創始者)が 「私は日本に来て奇跡を見た」

と賞賛した近藤レーシングガレージの仕事。

その後 ルマンプロトタイプカー 「童夢RL」 (1979年) のルマン参戦もサポート。

TOMS グループ5 カローラを作製してマカオ参戦 (1980年) 富士グラチャンシリーズ、TOMSグループCカー製作、

パジェロバリダカサポート、マツダロータリールマンプロトタイプカー、ミラージュカップ、34GT−Rスーパー耐久シリーズ、などなど・・・・

「近藤レーシングガレージ」 は日本のレース史と共に輝かしい実績を残してきました。

  KONDO RACING GARAGE

  「近藤レーシングガレージ の歴史」 コーナー

                    

  ほぼ基本は完成。

  【 コジマF-1 マキF-1 S耐34GT-R 
   マカオ グループ5レビン 童夢RLル・マン などなど】

【重要 】

レース屋さんにカタチのある財産はありません。 命懸けで勝ち得たレースリザルト表に載る 「チームの名前」 が唯一の財産なのです。

狭い業界の中で著名な商号(屋号)を後から入ってきた者が無断で使用するのは商法違反の可能性があります。

明らかにまぎらわしい名前を使うのも同じく商法違反(営業妨害)である可能性があります。


■ 2007年8月25日 ■

この問題について、進展がありました。スポンサーがらみの問題で直ちに修正対応はできない様ですが、最高責任者に事実関係を直接しっかり伝える事ができた模様です。
先方の誠意ある対応を望みつつ、当ホームページとしては今後の展開を最後までチェックしていきます。

1976年 近藤レーシングガレージがサポートした 「コジマ F-1」 について

※ 写真をクリックすると拡大写真が見れます。 

1976年 富士スピードウエイで開催された第一回 「F1 in Japan」。
日本で初めて開催されたF1レースである。

プライベート参戦のコジマF1(京都)を富士レース村の近藤レーシングがサポート。

予選一回目で長谷見選手が総合4位 1分13秒88をマーク。予選2回目でスリップにつく車探しで様子見程度の走行で出したタイム。そこで予選2回目を待たずに緊急記者会見が開かれた。スポンサーもついていない東洋の名もない車に乗る名もない選手がいきなり余裕で予選4番手タイムをたたき出した事に驚いた英国BBCなどの外人記者が 「バックにトヨタやニッサンがついているのか?それともホンダか?」と詰め寄ってきた。

ところがその後の走行でKE007は最終コーナーで大クラッシュしてしまう。
フロントサスペンションが壊れたのが原因らしい。

そこからあの伝説の大修理が近藤レーシングで行われた。

金曜のクラッシュから連続40時間不眠不休の修復作業が始まった。京都から図面を取り寄せ必要な資材を揃え、土曜の深夜にようやく本格的にモノコック組み立てが始まった。翌日決勝日曜朝7時にはKE007の復旧作業は完了。フリー走行の1時間半前の事である。

当時レース見学に来ていた近藤氏の知り合いのレースエンジニア達も次々と無償で作業に参加した。長谷見選手は感謝の気持ちでケンタッキーの差し入れをしたと述べている。


近藤氏の話によるとサスペンションの強度を上げる為に図面にあるフロントサス部分の10ミリボルトをすべて12ミリに変更する作業が大変だったらしい。修理というよりもう一台別の車を作った様なものだったらしい。変更箇所があるので図面通りに新車を作るのより困難な作業だった。現在もそのクラッシュして曲がったKE007のモノコッムフレームが近藤レーシングガレージの屋根裏に保管されている。

KE007不在の土曜の2度目の予選でラバーグリップを使って外人勢がタイムをつめ長谷見KE007は予選10番手まで落ちていた。

予選ポールはアンドレッティの1分12秒77。ところが長谷見がクラッシュした周回のヘアピンまでのタイムの方がポールのアンドレッティより速かった。サスペンション破損クラッシュがなければまた別の伝説が生まれていたかもしれない。

 

 


決勝は大雨。同じ年のニュルブルクリンクで大クラッシュ大火傷の後3ヶ月で奇跡の復活をとげたポイントリーダーのニキ・ラウダ。Jハントはラウダの休養中3ポイント差まで追い上げていた。ところが富士決勝当日の大雨でラウダはレース中止を訴える。それでもスタートを決定した主催者に対して抗議の意味で2周走ってラウダは自らリタイヤした。結果1ポイント差でハントがシリーズチャンピオンの座についた。

長谷見は11位でフィニッシュ。
一晩で作り直した車体で決勝レース中のファステストラップを記録!!!

星野一義選手が型落ちのティレル007で予選21番手からソフトタイヤで追い上げ一時総合3位を走る健闘を見せたが27周でリタイヤした。

 


当時来日していたロータスチームのコーリン・チャップマンは後にこう述べている。

「私は日本に行って2つの奇跡を見た。ひとつは名もない車に乗る名もないドライバーが驚異的なタイムを叩き出した事。それともうひとつはクラッシュしたF1マシンを一晩で作り直した男達がいた事」

ロータスの創始者、天才コーリン・チャップマンが奇跡の仕事と賞賛した近藤レーシングガレージの仕事。

野次馬で見学に来ていた技術者を次々を呼び込み、力をあわせて不可能を可能にする。まだ力強く成長していた当時の日本のパワーを象徴するかのような出来事であった。


翌1977年も富士F1は開催された。

日本人ドライバーは3人参加。

近藤レーシングでは高橋国光氏のタイレルをサポート。

結果は

9位   高橋国光 タイレル007
11位  星野一義 小島KE009
リタイヤ 高原敬武 小島KE009    となった。

観客を巻き込む事故がありF1開催は1977年限りとなった。

F-1 が次に 富士 にやってくるまで30年という時間が必要になった。


2007年、30年ぶりに富士で再び開催されるF1。

日本のF1活動の先駆けとして活躍した「近藤レーシングガレージ」の功績を広く知ってもらいたいものだ。



復刻されたKE007

2006年3月にFSWで開催されたタイムマシンフェス。
そこに復刻されたKE007が展示された。

1976年当時はアルミモノコックが採用されていた。



サイドには日章旗を4分の1にカットしたデザインの「近藤レーシングガレージ」のステッカーが。

当時英国でユニオンジャックの4分の1使うデザインが流行っていたらしい。そこから近藤氏が発想したデザイン。


問題となったサスペンション。当時のモノとは微妙に違った作りになっているらしい。


■2007年9月7日■

 「中古GT-Rの選び方」

GT−Rも基本設計から20年近くの年月が経ちすっかり旧車になってしまいました。32デビュー当時は世界最強最速の戦闘マシンだったGT−Rも、今では2リッターカーのランエボより速く走らせる事すら不可能に近く、ニッサンヲタの単なるコレクターズアイテムに成り下がってしまいました。バブル時代の設計で部品にコストもかかっており複雑な構造の為、L型時代のニッサン旧車に比べ非常に維持管理の難しい車です。結果的に市場買取価格的には構造がシンプルで維持しやすいハチロクにも負けてしまう状態です。新車時3倍以上の値段だったのにもかかわらずです。旧車として楽しめるという意味ではハチロク以下の値打ちしかないと。アフターパーツ業界でもGTR部品の廃盤が相次ぎいつまでこの気難しい車をこれから先維持し続ける事ができるのか疑問な状態であります。

最近では改造しても最新マシン程速く走る事はできないのだからとGTRをノーマルでコレクションにするという人が増えているようです。それにつけ込んで不当な価格で一見ノーマルに見える風に偽装した車を売りさばく「悪徳業者」が横行しているようです。所詮中古車は中古車。新車だって一回アフォな車の事わかっちょらんヤツが運転しただけで車に致命傷を与えてしまう事があります。車のメカなんか乗り手のワンミスで終わりなんすよ。機械だから自然治癒は絶対にしない。一回でもミッションガリガリっとやったらもうミッションスリーブの山のキズは消えない。一回オーバーレーブさせればエンジンに与えるダメージは計り知れない。オイルの選択やエンジンの保管の仕方でシリンダー内部がキズだらけになるのもワンミスで一瞬にして起こる事。もう何をしても2度と圧縮は戻らない。所詮中古車なんかそんなもんです。何があってもおかしくないしそれを外観から判断するのは不可能に近い。壊れてエンジン分解したって原因ってわからないくらいですから。わからないけど確実にミスすれば確実にエンジンの寿命は縮む。特にGTRはデリケートでエンジン修理代も高いんで困るんすよね。でも困った事にそれを見極める方法は実はないんすよね。ハチロクみたいな世界のカローラベースで丈夫に作られた車ならともかくGTRの様に弱くて神経質な車の中古車に絶対なんてものは絶対にありえないってのが結論です。中古に乗るなら最初から壊れる事前提で修理代を残しておくべき。それなのにも関らず、車をコレクションするだけで 「踏まない安全な客」をターゲットに中味がどーなってるか分るはずのないGTRの中古車を新車以上の値段で売りさばいてる悪徳業者があります。そんな業者に余分な金を払うくらいなら通常の価格でGT−Rを買って修理代にまわした方がどれだけいいか。業者の連中の道楽代をこちらでもってるよーなもんす。豊富な在庫があれば、それを維持管理する場所代、抹消してなければ税金すべてが、そこで扱われてる車にのっかっているワケですよね。実際仕入れ40万程度の32が200万以上で売られてるのを見るともうあきれてモノいえねーみたいな。雰囲気に呑まれてそれ買っちゃう人いると思うとほんと信じられない世界っす。そんな悪徳業者がネット上でも大きな顔して幅利かせてるのみると、うーーーん、インターネットの情報なんかロクなもんじゃねーよなーと。

GTRに関わる商売いろいろあってもいいとは思うんすが、できる事なら、GTRを先物相場の「とうもろこし」程度の投機目的でしか扱わない業者が独占で儲けちゃうよりも、やはりすごい車を作ったメーカーの技術者に還元できる新車だったり、実際に走って速い本物の改造ができるショップさんにみなさん是非お金を落としてもらいたいって思っちゃうんすよね。まあそーいった悪徳業者もそれなりに便利なんでしょうけど何も生み出せない連中に無駄金落とすよりうも何かを生み出せるこの業界の人達にお金を落としてほしいと思うんすよね。でも実際は金儲け優先のインチキ大手部品屋とかそーいった所ばっかが儲かっちゃうのが現状でして。どーもね、そのあたりが納得いかねーってのがこんな金にもならんホムペをやる原動力になってまして。

そうそうGT-R2号もお友達から譲り受けたものだったんですが、彼が今はもうなくなってしまったやはり同じたぐいのGTR専門ショップから万全なものを・・って事で仕入れた車でした。でも不具合多かったですよ。実際踏まなければ問題は露出しないんすが、所詮中古は中古でその前の前のオーナーが手を加えたりした部分が問題起こしまくり。ブレーキは2箇所も重大な問題あって抜けちゃったりでもう危険きわまりない状態。普通の価格で売られていたのなら問題ないんすが、それをあたかも万全?な中古車として高く売りつける専門業者のやり方が気にいらねーっすよね。自分はお友達から直接譲り受けたカタチなんで今でもいいもの譲ってもらったって事で彼に感謝してるんですが、その前のぼったくってた業者が気にいらねーっす。今はもうなくなっちゃったんでいいんすが。なんかね、GTRの本当の性能を引き出さずに飾っておくだけの趣味なら中味ガタガタで外観だけノーマルに偽装された車を新車以上の値段で買って飾っておくのも、まあオーナーが満足してればそれはそれでええんでしょうけど、なんかなー。物悲しいGTRの末期状態を見ている様でなさけなくなってきますねえ。

もっとも新車時130万だったハチロクが20年落ちで160万平均で売られてた「ハチロクバブル時代」なんてものもありましたけど今ではすっかり沈静化してるみたいなんで、まあ目くじらたてなくても所詮何も生み出せない中古車屋のささやかなバブルなんで、所詮泡の様にすぐに消えていく話なんで、はい、必要以上に触れる必要もないっすけどね。

しかし車って査定表ってのがあってあまりかけ離れた値段でさばいたら公取とかでひっかかるんじゃないのかなー。ほら希少車は普通「価格応談」ってカタチで表示するのが習慣だったでしょ。法外なプライスカード並べて消費者惑わせるのはちょと公取もんでね?みたいな。

とりあえす参考資料→ 社団法人自動車公正取引協議会 ttp://www.aftc.or.jp/am_kiyaku/index.html

ここの 「自動車公正競争規約」 のこの項目あたり
 「不当表示の禁止  取引条件や品質、性能等が実際のものよりも著しく優良又は有利であるかのように誤認されるおそれのある表示は行わないこと。」

○○認定中古車みたいな言い方で法外な値段つけるの本当はねえ問題ありだよなー。値段かけ離れ過ぎだし。
もし暴利むさぼってあっという間に中古車屋とは思えない設備おったてちゃってる悪徳業者でトラブった人はここの公取に問い合わせるといいだに。
ボッタクリで必要以上に儲けてるのは明白なんで。何か創造して作り出してるならともかくね。たんなる中古車屋の取り分とは思えない。

貴重な日本の遺産であるGTRが車好きの間で大事に流通される事を祈ってます・・・


■ちょーーひさびさに更新!   ■ 2007年7月15日 ■
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(サーバー不足で直リンク不能な無料サイトを借りて記事をアップしてる為です)

■2006年GT-R 2号、2基目エンジンレポート PART B 2007年7月15日更新

■2006年GT-R 2号、3基目エンジンレポート PART C 2007年7月15日更新

■ランエボワゴン特集ページ(2006年9月より2007年〜) 2007年7月15日更新

■2006年10月以降のできごと(2006年10月より2007年〜) 2007年7月15日更新

■近藤レーシングに関する掲示板ログ  2007年7月15日更新

■2005年GT-R 2号、2基目エンジンレポート PART A
■続2006年8月6日富士スピードウエイ S耐ランエボワゴンレポート
■2006の出来事 9月更新
■2006〜2007年試乗記エボ9、S2000、BMW130、新型インプ


■ 2007年2月12日 ■ エボバンで富士初走行

とりあえず動画でつ。クリアとれず、たいして速くはないっすけど他の車とのカラミがけっこうオモロかったでつ。

動画コーナーへ 

■ 2007年7月8日 ■

もう夏だし、走るつもりなかったんすが、御殿場でおしゃべりしてたらMちゃんが突然Rでやってきて「今から走るよー」みたいな。「そんならオレもいくいく」みたいなノリで2度目の富士走行。その様子も同じページにアップされてます。


日本を腐らせたマスコミ関係者に制裁を。                                                    ■ 2007年1月19日 ■

雪印がおまえらに追い込まれたのと同じ様にフジテレビは責任を取って会社を解体しろ。それが物事の筋ってもんだ。散々日本の優良企業の社長を辞任に追い込んでおいて、テメーの事になったら関西テレビに罪なすりつけて生き延びられると思ったら大間違いだぞ。戦後日本を世界最高の国に押し上げた日本の製造業に対して脅迫犯罪としか思えない行為を繰り返してきたマスコミ関係者。今度はおまえらが葬られる番だ。

20年さかのぼって不良部品追求なんかしたらこの世からファンヒーター製造やるメーカーなんかいなくなっちまうぞ。寒い冬おまえら石油ファンヒーターで暖をとった事あるだろ。罪もないミツビシをあそこまで追い込んでくれたおかげで地元のミツビシデーラーはヒュンダイを扱いだした。おまえらマスコミは半島人の手先か???????今度はおまえらが作った番組、20年分さかのぼって真偽を追求して責任をとってもらうしかねーよな。今度は当然おもいきりテレビの番だろ。おまえら全員同じ穴の狢だ。ふざけた今のマスコミ関係者。全員消え去れ。あまりに知能レベルが低すぎる。身の周りにマスコミ関係者がいたら蔑んでやれ。草の根であいつら全員追い込んでやれ。健全で建設的なモノの考え方ができる社会の復活を切に望む。

おまえらのやってる事は車で言えば法定最高速度の100キロを超える101キロ出る車を売ったら犯罪だと言っているのと同じ。紙に書いてある決まり事どーりに物事なんでも処理できると思ってる事自体幼稚過ぎで話にならん。まず法があって、いくつかの解釈する方法があって、それをまた判断して執行する人間がいて、構造的にね、いくつか緩衝材が最初から設定されておって、現場ですり合わせをして初めて機能するものなのに、いきなり紙切れの断片的な文面を勝手にテメーらの力で前面にもってきて、何を勘違いしたか神様にでもなったつもりであらゆる物事の審判を独断で下そうって発想がね、程度の悪い文屋のヤツら頭わりーんで何もわかってねえんだよなあ。完全に勘違いしちまってる。もおね、そんな簡単な事もわからんヤツらには体罰を与えるしかねえ。とことんやらんといかん。とりあえず今のアフォなマスコミ連中をたたけるのはネットしかない。連中全員クラスのいじめられっ子出身としか思えないヒネた人間の集まりで仲間意識がつえーから今回の件についても保身にまわって何もしないで終わるじゃろ。こーなったらネットでとことん盛り上げようじゃないか。日本を腐らせた今のマスコミ連中をネットでとことん叩いて、今の頭わりー連中を排除して、もっとちゃんとした知能もった連中に総入れ替えさせて、健全なもの作りができる健全な社会を取り戻さなきゃいかん。

とりあえず我々にできる事、そーいったあたりまえの事が普通に通る空気を作る事。今の企業脅迫みたいな事やって鬼の首とったよーな態度とってる記者とかいたら身元洗い出して村八分にしてやれ。人道に反する事するヤツがでかい顔して生きてられる空気を作ってる我々にも責任がある。もっと怒らないといかん。アフォな連中には触らず祟らず無難にやりすごせみたいな事してるからアフォな連中がのさばっておかしな事になっちまうんすよね。いくら蓄積があったってこんなバカな事してたら世界から取り残されちまうぜ。どんどんみんなで発言して当たり前の正しい事が普通に通る世の中の空気を作らないといかん。企業が普通にがんばってモノ作りできる世の中に戻らなきゃ、もう日本もおしまいでっせ。

アメリカがOHVみたいな古い技術でしかエンジン作らなくなって落ちぶれた経緯に似てる。訴訟社会で新技術の開発やめちまって日本に市場荒らされた。先輩の失敗例があんだから、そこもうちょい勉強しろや。アフォにはわからんじゃろけど。


■ 2007年1月14日 ■ 東京オートサロン

最終日に行ってきやした。とりあえずコンパニ写真から。車はまた後でやりまつ。

2007年東京オートサロンコンパニ写真メニューへ 


■ 2006年11月27日 ■ ランエボワゴソ納車

また増車しちまった。どー考えてもヤバイ。

しっかし今年の9月12日に注文入れて納車今日でっせ。もうね、待ちくたびれたす。ホントに。

第一印象、車デケエ、ハンドルきれねー。そんだけ。カッコも狭い場所でアップでみるとミニバンみたいでヤバイ。まあそのウチ乗ってれば愛着わいてくるでしょう。スカイラインもキライな車だったのに32買ったらすっかりこんなホムペやるよーになっちまったくらいで、こーみえてもけっこう順応性高いんで。フヒヒヒ。


■ 2006年10月9日 ■

ウイングの位置変更作業続編す。この日は手彫りバルサスペーサーを外側の柱に挟み込んで色塗っただけっすけど。

(いや、応力のかかる内側のボルトどめ支柱はアルゴンで作ってもらったちゃんとしたアルミ製スペーサーでカサ上げしてます。過去記事参照)

ミニスポをアルミで作ってもらおっと。純正よりはちょと大きめのサイズで。んでリア強力になり過ぎたら前のリップ追加やアンダーパネルと。なにせFSW本コース、10月はイベントだらけで週末のスポーツ走行枠ゼロなんすよね。作業月間っつー事で?

ミニスポのデカ目のヤツを作ってゲタのダサイ部分を隠しちゃえばマシになる?ミニビスポあった方がよりウイング本体の効果も高まるらしーし。
写真ちっさいんでまあまだ見れるんすが現物はけっこうキビシーっす。穴ボンと同じくらいの仕上がりって感じ?見た目の前後バランスはよくなるのか?

っとフォトショップでミニスポ追加完成予定図をまた作ってみる→
予定図と完成図のギャップがね。どーも性格雑いんでどーも。完成予定図そのものがイマイチだよなあ。うーーん。まあダウンフォース得る為にゃ多少の事はしょーがない?



■ 2006年9月12日 ■ ランエボワゴンMR 発注

あくまでカローラバン同様の仕事用のゲタだと。わりきると。そんな感じで・・・・
てなワケで発注と。寒冷地重くなるだけだらと思いつつ1万2千円なんでつける。シール違うってホントきゃ?まあええけど。重いだけだら。
BBSホイルは純正エンケイより1本1.1キロしか軽くなくて14万なんでヤメ。なんせ2号のブレーキローター1枚で3キロAPより重いからにゃ。誤差誤差みたいな。メーカーオプション選択はそんだけ。色は白と。

納車は11月12月で実はもうほとんど在庫ゼロ。最終の最終を確保。
GSRもRSもとっくになくなってるんすよね。まあミツビシの習慣だとこんだけすぐ売れればRSもなんもみんな追加生産するのは目に見えてるけど。


3年くらい迷ったからある意味ハチロクや32の時よりかなり吟味したじ。
なんせ32はニスモ抽選会シャレで応募したら当選して賞味一週間で決断したからにゃ。そーいった意味で吟味期間長かった。

ランエボ買うのにS耐のピットの中に入って中谷選手にマンツーマンのエボワゴンの説明聞いてから買うくらい慎重な人間他にいねーだらみたいな。どもどもでした。しかしベスモビデオのマンツーマン状態だっただに。さすがこさんの顔でこさんが声かけたら帰ろうとしてた中谷選手が車降りてきてマンツーでじっくりS耐ワゴンの説明してくれた。あれがすごかったよなー。デーラーで発注直後の写真ね→


■ 2006年9月2日 ■

モータースポーツの歴史が一発で全部理解できる本。こさんも監修。なんかまだ多少違ってる所もあるみたいだけど、日本のレース史とか全体が把握できちゃう。自分も一冊買う予定。これ本屋で注文すればええのかなー。3千円ね。レーシングオンの別冊の日本のレースとかいう本買い集めるより手っ取り早くて全体の流れがつかみやすいかも。はい。

←画像をクリックすると別枠で拡大して見れます。


■ 2006年8月6日 ■

ハチロクの日なのに富士のS耐久観戦す。

一周しながらラインチェックす。GTより参考になるじ。車もタイムも目標にするにゃちょーどええ。へぇー、100Rって真ん中でブレーキ踏むんだ。そんなのしらねーっつの 。予選トラブルでエボワゴンビリスタート。実際の実力は13位くらいいける車なのに40番目くらい??なんでスタートした直後は抜きまくりだったんで面白かったです。遅い所走ってるNSXやFDやインテみたいな低い車をいろんな所で自在にスイスイ抜いてっちゃうんで、ちょとある意味ポルシェ抜いた54Bみたいな感じあったです。いやけっこうワゴン気になってる車なんで抜きまくってる姿はね、けっこう感動したんすよ。やるなー。ジーンときたっす。

んで実力相応のポジションになって周回重ねるよーになってきたら逆に重さが悪さしてタイヤがタレっぽい動きでテール流れてたり、エンジン回転もかなり落として走ってたり。ピット入ってばっかだなーって感じでちょとナエナエっとした感じになっちゃいました。予選チョンボで前半抜きまくりがあったんで逆に面白かったのかもしれないですはい。

最後まで見なかったけエボワゴンハエーわ。同じチームの4ドアエボが11位でワゴン13位。4時間走って1ラップ差。うっへーー。
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■ 2006年7月17日 ■ 

去年暮れに1号からおろした26エンジンを2号に移植。ところがいざ走ってみるとブローバイ吹きまくり状態。こんなひどかったかなーみたいな。応急処置でニスモセパレター装着したものの解決できず。富士本コース3周で400tもキャッチタンクにオイルが溜まってしまう。これじゃまったく走れない。そこで追加セパレーターを自作する事に。試行錯誤の結果、真夏の富士をスポーツ走行枠めいっぱい周回してもまったくオイルがまったく減らない状態にまで改善。

その詳細レポートは ここのページの更新情報コーナーより
「2006年GT-R 2号、2基目エンジンレポート PART B」
をご覧ください。


■ 2006年7月10日 ■

んで車載ビデオを50インチで見てみた。 メーター見える見える。様子見でナマっちょろいブレーキングしかしてないんで油圧5キロ切る事ないですね。まるでメーターが故障してるんじゃない?ってくらい高値安定で針が動かない。1コーナー進入のブレーキング開始の時一瞬僅かな脈動がある。っつよりピクっとなるだけ。あれがクルクルがまーる瞬間??そのピクってきた後ずっとシフトダウン中も5キロ維持してるす。なんか全然大丈夫そうっすね。100R進入も大丈夫。いやいやいや。クルクルストレーナーいい仕事してます。グッジョブってヤツすかね。

A/Fメーター位置かえて映るよーにせにゃいかん。数字の上のきれっぱしだけ見える。たぶん10キープみたいな。左は棒1本で1すね。右側はカンムリになってるんで8か9か0すね。18、19はないから10すね。踏んでる最中の話。安心な量燃料出てるっつー事で。メーターみんな真中もってきてビデオでとるのいいかもしんない。

しかしもさんの話だと車載カメラチェックで1コーナー進入でオイルプレッシャー低下警告ランプつくって話だったんすが、そー考えると2号はほとんどオイルプレッシャーメーターの針5キロあたりで固定で動かないのはやぱクルクルがきいちょるって事すね。ニスモがS耐でテストしてロギングした時も1本の線になったっつー話。通常のストレーナーだとかなり波打つものらしい。圧縮してない動画で確認すっとメーター壊れてるんでね?って思えるくらい油圧安定してる。スローダウンしたらちゃんとメーターさがったからちゃんと働いてる。そのピクンときたのもほんのわずか。2度目見たらどこかわからんかった。ロガーには残らないくらいのもんだに。いやいやいやいや。ってーー事は例のブローは他の原因???


■ 2006年3月26日 ■

富士スピードウエイタイムマシーンフェスティバルの模様です。往年のスポーツカーが本コースを走りまくるイベント。見てる人と同じくらいの数の参加者がいるのが特徴。参加型イベントっすね。

近藤さんが参加車両のメンテをやってまして、ご厚意であぶらさんといっしょに招待券で場内に入れてもらいました。

1976年?の富士F1参加の伝説のコジマF1も展示されてました。予選クラッシュ全損状態の車を近藤さんちで一晩で作り直したっつーアレです。それを見たコーリンチャップマンもかなりビビっておったという話。サイドに近藤さんっちのステッカーもちゃんと貼ってありますねえ。いやいやいや。

にしてもコジマ人気あったなー。一番人が集まってた。いやホントに。いつも人がいっぱいで引きでなかなか写真撮れないくらい。うーーーん、けっこうみんな知ってるんすね。実物見るのは初めてなんすが、うーーーん、思ったよりデカイ。これを一晩で作っちまうとは。うーーーーん。すごすぎる。

画像をクリックすると別枠で拡大して見れます。

詳細はこちらのページの ■新着情報 の 「2006FSWタイムマシーンフェス」をクリックしてください。これ以外にマツダコーナーとトヨタコーナーの記事があります。


■ 2006年2月4日 ■ GTR 1号2号 年表

なんかね、最近身近な何人かから結局GTRのエンジン何がどーなってんの?つー質問されましてね。うーーん、確かにわかりにくいよなーってんで簡単なこれまでの経緯を年表にしてみやした。まあどーでもいい話なんすが。

くわしい経緯についてはこちらのページへ→

1号2号搭載エンジンの経緯を年表にしました。右の画像をクリックすると別枠で拡大して見れます→


■ 2006年1月14日 ■ 東京オートサロンレポート
完全にGT−Rは終わりましたね。それがしっかり確認できたってのが今年のオートサロン。GT-Rほとんどみかけなかったす。主役はすっかりランエボとインプレッサのWRCコンビ。いくら32がすごかったにしても10年越しで34みたいな手抜きのモデルチェンジ繰り返してたんじゃーブランド消滅も無理ないでしょってな事で。一応復活期待してまつ。
自動車編レポートはこちらのメニュー  より→■モーターショー車関連→2006年東京オートサロンで見れます。

■ 2006年1月14日 ■ 東京オートサロンコンパニ写真
なんか今年はかわいー子多かったよなー。ほんとねえ、こればっかりはキリがねぇっすね。たいして欲しくなるよーな車はなかったけどギャルはやっぱええっす。いやまじに。そうそうバクチ株とかやってハマってる小僧諸君においさんからギャル写真のプレゼントす。ウサばらしに精々これでオナってくり。こんなかわいー子がいっぱいいるんだからおめーらイキロってなワケで。
コンパニ写真コーナーはこちら→


■ 2005年12月4日 ■
NISMO FESTIVAL IN FSW

毎年恒例になりましたニスモフェス。今年の話題は名物 「チューナーズバトル」がターボカー廃止でGT−Rが追放になりまして、ほぼZ33のワンメイク状態になった事ですかね。下は前日土曜に行われた予選結果です。
予選結果
1位 オーテック塚田  1分54秒847
2位 ニスモ      1分56秒113
3位 アミューズ     1分57秒554
4位 ゼル       1分57秒593
5位 東名パワード  1分57秒808
6位 MCR       1分59秒110

■ 2005年11月13日 ■ トヨタモータースポーツフェスティバル2005

にも見学に行ってきやした。結局レクサスLF-Aは展示だけで走らなかったです。


ニスモフェスとトヨタフェスの様子
詳細記事はこちら

 


■ 2005年10月28日 ■ 東京モーターショーコンパニ写真  (10月21日・27日訪問

会期が長くなって比較的空いていると言われている今年のモーターショー。一般公開前の招待デーはコンパニ少なかったすねえ。27日の一般公開デーの時はそこそこ居やした。いや車の内容充実してるんでコンパニ見てるヒマもねーって感じもありましたが、とりあえず手持ちのコンパニ写真徐々にアップしまつ。はい。うーーーん、ミツビシががんばってたすかね。はい。でもねー、やっぱこーやって眺めてみると車の写真よりコンパニっすね。いやまじに。いやいやいやいやいやいや。


■ 2005年10月21日 ■ 2005 東京モーターショー

一般公開前日の今日、招待客デーっつー事であきぽんに入場券手配してもらいましていっしょに行ってきやした。

東京モーターショーレポートは詳細記事はこちら→


■ 2005年10月19日 午後3時30分■

待ちに待った次期GT−Rのプロトモデル写真。今日午後3時半の発表ってんで昨日からカウントダウンページ見ながらソワソワみたいな。ニサーンの思惑どーりに素直にハマってみました。ほら最近の若いギャルなんかGTRなんかにゃ見向きもしないし存在すら知らなかったりするじゃないすか。だからせめてワタスらみたいな変態じじいが騒いであげないとニサーンカワイソ杉だし。

プロト発表の日の独り言はこちら→


■ 2005年9月3日■
ミツビシラリーミーティングに行ってきたした。いや一度行ってみたかったんすよね。いやね、ランエボワゴンが9月7日に発売になるってんで営業車に丁度いいんでないかとすげー気になってまして・・事前情報はなかったんすがひょとしてラリーミーティングに展示あるんではないかとヤマはって出動。大正解でたくさん飾ってありました。飾ってあるだけでなくてWRCドライバーによるハードなデモランや試乗会まで。いやいやいやいや。一日楽しかったでつ。

10年位前からもうGTRの時代じゃないよなーとエボの走りには非常に注目してたんすが、どーもあの腰高のチョロQみたいなスタイルが生理的にダメでなかなか購入に踏み切れなかったんすが、ワゴンスタイルになれば派手なウイングもつかないしジジイでも乗れる雰囲気になるんではないかとスタイル面で非常に期待してる部分もありまして、まずその確認と。思ったより腰高でステージアやレガシーやアコードみたいなワゴンって感じよりシャリオとかディオンって感じのミニバンに近い印象?ベース車両がチョロQだからしょーがないか。いや営業車に自然に使えるし悪くはないんすけどね。車高落とさないとやべーよなーとか。色もそれぞれ魅力はありますがエアインテークがボコボコ目立つ明るい色よりダーク系の方が落ち着くのかなーとか。黒だとアンちゃんっぽいんで意外に紺色もいいセンいってたけど、そこまでいくとジジクサ杉?やぱ黒かなー。
んで12時の開会と同時入場で空いてるウチにワゴンの写真とりまくり。これで試乗会の列に並ぶのちょと遅れてエボワゴンの試乗オートマ仕様になっちゃいやした。しかも夕方4時半ラスト。いやかえってオートマ仕様のダササがよくわかったんで乗るならマニュアルって結論出て結果的には参考になったんですが。

←左の両画像をクリックすると別枠で2倍サイズで見れます。


■ 2005年6月18日 ■  1号、長い眠りから目を覚ます?

2号の無念を晴らす為に1号出陣?運に見放された2号を見切って1号で勝負?なーんてね。んな無茶して1号壊したらマジにやべーっす。いやねっ、とりあえずニッパチの走りがどんなもんか軽く動かしてみよかみたいな。とりあえず車庫から出すにも出口ふさいでる930ポルシェがこれまたバッテリー上がりで動かない。ハイエース横に並べてブースターケーブル使ってもバッテリ完全に終わってんだかなんだか、ダセードイツ車だからどっかぶっ壊れてるのかわからず動かない。せっかく2号のバッテリー抜いてもってきて1号のエンジンかけたのにこんじゃー出られないじゃん。なんで930を手押しで移動。いやーー930軽いっすねー。ハチロクみたい。1人で押しながらなんとか段差越え可能みたいな。邪魔なゴミポルシェがどいたんで1号自走で動かそうとしたらステアリング切るとものすげー音。やべっパワステフリュード漏れて抜けきってやがるな。すぐエンジンきってフリュード補充。なんかコゲくせー。パワステポンプまさかオシャカにしちゃうとヤベー。大丈夫かなー。音出たの一瞬だからなー。いずれにせよパワステホース交換せにゃ。だりーーー。いろいろオイル類も交換して慣らし運転しにゃーと何年も放置してた車なんでイキナリ無茶したらぶっ壊れちまうかも?そうそう2号にメーター移植でインパネの配線もバラバラになってるし。ちょと動くよーにできるまで時間かかりそう。トホホホホホホ。なんか作業ばっかでちーーともGTRに乗れない状態。そのウチに新型出ちゃうんでない?なんか34と違って今度のGTRは33並にちゃんとニュル走り込んでるからハエーんでない?やべやべ。速いの出てきちゃったらますますんな古い車出番なくなっちゃうんで急がないと。いやいやいやいや。

しかしウチの車庫も動かないポンコツだらけで困ったもんす。いやいやいやいや。かといって捨てるの惜しいし。地震きて津波で流されちゃえばスッキリ?いやいやいやいや。もうヒトッパシリさせんと。いやいやいやいや。

にしてもとにかくいろいろヤボ用で時間とれず。車庫の右側にあった930を手押しで外に出して、んでハンドルきって左側に入れなおし。奥のGTR出して、また930を外に出してハンドルきって車庫の右側の元の位置に入れてで合計20メートルくらい押したんすかね。フルパワーだったす。もう40過ぎなんで今日の仕事はこれでおしまい。いや他にもいろいろ体力使う作業もあったし。いやいやいやいや。にしてもはかどらねーー。マジにやべーっす。富士がリニュアルするまでに走るの目標だったのが新型GTR出るまでに走らせるのが目標になっちまった?んな事してるウチにとっくにドライバー賞味期限切れ?いやいやいやいやいや。やべーっす。急がねば。


■ 2005年7月 ■
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    /∵∴∵∴\
   /∵∴∵∴∵∴\
  /∵∴∴,(・)(・)∴|
  |∵∵/   ○ \ |
  |∵ /.  三 | 三 |  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  |∵.|  \___|_/| < は〜いっ、終了〜っ!
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     \___/

たったの1500キロで終了した3リッターエンジン。1000キロはナラシだからロクに乗ってにゃーよみたいな。GTRもチンタラ走るだけならええんでしょうが、ちと気合い入れるとすぐこれだもんなー。昔散々草レースやってこーなるのわかってたんで長い事乗ってなかったんすよね。いやいやいやいや、古い車で無理すればこんなもんでしょってなワケでブロー以降の記事をまとめて移転しやした。
GTR2号2基目エンジンレポートはこちら→


■2005年5月■ GT-R 2号 レポート (当HPメイン企画)



GTR2号ちゃんレポート。記事があまりにぐちゃぐちゃし杉だったんでそのまままとめて別のとこに移転しやした。GTR2号購入以来の経緯がイッキに見れます。ウチのメインネタなんで、どんぞ。

まとめてレポートの部屋へ→

近藤レーシングガレージさんHPへ

■ 2005年3月12日 ■ 今日は新富士スピードウェイ本コースの模擬レースデー。チャンピオンやFTなどの富士常連レーサーを集めてみんなで練習会。200人にイッキに富士ライセンス再発行。オフィシャルも練習みたいな。こさんの顔で内部見学させてもらいました。どもどもありがとございました!!んでびっくらこいたのが1コーナー!!ストレート伸びたのはええけど1コーナちっせー!ミニサーじゃゃねっつの。それよりなによりエスケープのグラベルも短か過ぎであぶにゃーんでないすかね?こんじゃしんじゃうっつの。ストレート長くてスピード出るんだからブレーキング中にブレーキぶっ壊れてノーブレーキになった時の事考えてよみたいな。2トン近い車で300キロ出す事想定してないっぽい?そんなモンで走るほーが悪い?いやいやいやいや。実際そーもいってられんでしょみたいな。
えーー富士の改修のネタ、一箇所にまとめやした。ラストランやフィナーレイベントから改修オープン直前までの記事です。→動画ページっす。筑波車載、ポルシェぶち抜き画像にゃど。AVIファイルっす。

←左の両画像をクリックすると別枠で3倍サイズで見れます。

■ 2006年の出来事■ (近況報告)
表紙重過ぎなんで記事徐々にこちらに移動してます。
■ 2005年後半の出来事■ (近況報告)
表紙重過ぎなんで記事イッキに移動しやした。ちょと作業する時間なかなかとれなくて放置になってまして。やっと移転みたいな。
2006年賀、20051223FSW走行、エボミリザルト走行会案内、レブスピ筑波アタックリザルト、バイクプチツーリング、GTR2号報告、FORD GTRミニカー購入、御料車フルチェンセンチュリー顔に、F40のお話、名古屋万博、おいさんシルビアオフ、など。

■ 2003年末〜2004年にかけての近況でつ
いろいろあるんで項目にしてみたした。・フェラーリ360ナラシ運転。FDで追尾画像(連続静止画)・フェラーリ360ショートインプレ・RA63セリカ大掃除・新年のごあいさつ
・広くなった車庫・いろいろ車持ってるけど結局ハチロクがいちばん!

■2004〜2005■ 『近況』 表紙のグチャグチャした記事まとめて他に移動したでつ。コンロッド加工お願いしたボーリング屋さん訪問。ランエボ9登場。ハチロクメタルブローの日。120インチ画面でシャサイビデオ鑑賞。スーパーナウエンジニアリングさんのリンク。アキポンがやってきてGTR2号峠で試乗会。ハチロク作業。オートワークスにS30とFD。外車試乗、ボクスター、Z4。トヨタ4500GT登場。あぶらさんのニュルスペックエンジン分解。2004年雑感近況リンク。S31レポート&リンク。

↓このメニューページの 『近況報告』欄にまとめてあります


■2005年1月16日■ 今年の傾向 【05オートサロン】

東京オートサロンに行ってきやした。ミニバン衰退でスポーツカー復活ぎみっす。レブ筑波アタック去年優勝のOS3リッター車や、ニッサンからやってきた出向役員の高額な給料補う為のハチャメチャな価格のニスモの中古GTRなど。
☆GTR関係の記事はこちら→

☆車が大盛り上がりでコンパニオンちょと影薄くなってやしたが、気合いのコンパニ写真はこちら→

■2005年■試乗記■

あきぽんエボ3ジムカ仕様、クラウンTOMSスーチャー仕様、新型ロードスター初代と比較試乗、ラリーミーティングで軽くエボワゴン試乗、レクサス訪問、など。 詳細記事記事はこちら→  

■2004年■試乗記■

ポルシェボクスター2.5AT ・ BMW Z4 AT ・ マツダRX−8 ・ トヨタクラウンアスリート ・ トヨタポルテ ・ 新型ハイエース

他いろいろ雑談。

2004年各車試乗記の部屋へ→  

それぞれ写真をクリックすると別窓でデッカクなりやす→



↑クリックすると別枠でちょとデカクなりまつ。

■2004年10月2日■ ちょと豆知識

ケンメリGTRのフロントグリルって70年前後のダッジチャレンジャーのHEMIエンジン載っけてるタイプのグリルのパクリだって知ってます?バニシングポイントっつー映画に出てるヤツね。大昔から似てるよなーって思ってたんすが、最近読んだ雑誌のインタビューでケンメリのデザイナー本人がはっきりダッジチャレンジャーを意識してデザインしたと言ってました。やっぱホントにそーなんだーみたいな。

ついでに34GTRのフロントグリルは何のパクリか知ってやす?34GTRデビュー当時、34のデザイナーの雑誌インタビュー読んだんすがボルボのフロントグリルのデザイン造型が好きだって言ってた。そーいえばボルボワゴンのグリルにそっくり。いやーーー、ボルボ乗ってる層ってなんか独特じゃないっすか。金あるのに車あんまし知らない、かっこだけで内容ナシみたいなタイプ。いや失礼、そーばっかりでもないんでしょーけどね。えっへへへへ。34もボルボのデザインパクリって事でひょとしてボルボのオーナーと同じタイプの人間が乗ってるケース多い??。わからんすけど。いやいやいやいやいや。類は友を呼ぶっつか製品の持ってる雰囲気つか内容でそれに群れる人種も決まりやすからねえ。

両方の写真見てくだはい。ほーーら似てるでしょ、っつかパクったって両方のスカイラインのデザイナー本人が言ってるんだから当然っすけど。左はダッジチャレンジャーのフロントグリルをパクったケンメリGT−R。クリソツ。ダッジの方がかっこええなぁ。ケンメリは顔はええけどリアの処理が個人的に好きでないんすよね。あれがたまらんって人が多くて歴代で一番売れたんでしょーけど。

 

んで右はボルボのグリルのデザインが好きですと公言してたデザイナーが作った34GT−R。一言いいっすか?「ボルボかよ!」。せめてスポーツカーパクってくれよ。いやクラウンと同じ重量だからボルボ同様普通の乗用車きゃ。そかそか納得。いやボルボファンがデザインしたってトコは非常にひっかかるけど全体のデザインはワタス個人的には34ってけっこう好きなんすよね。下品なとこがいい。でもなー内容が死んでるからなぁー。結局買う気になれなかった。古い32に乗るしかねえよなあみたいな。うーーん、非常におしい。


■ 2006年1月12日 ■ ダッジチャレンジャーコンセプト
デトロイトモーターショーで発表されたクライスラーのダッジチャレンジャーコンセプト。70年代に作られたハリウッド映画の「バニシングポイント」って映画のファンでしてね。(ちょと前にメイクもされましたねぇ) それに出てくる70年式のダッジチャレンジャーがかっこよかったんすよ。小学生の頃からワイハとか米国とか旅行行くとチャレンジャーの写真ばっか撮ってきたもんす。いやね、いまいち欲しい車ないんでひょとしたらレストアされら70年式のダッジチャレンジャー買うのも手かなーとうっすら考えてたんすが、まさかクライスラーがやってくれるとは。

いやちょと前からクライスラーの300Cって車が気になってましてね。同じくオキニのクラウンアスリートより安く買えちゃうよなーみたいな。それでいて70年代クライスラーマッスルカーみたいな雰囲気がちょとあったんでこれもありかなーみたいな。ところがストライク度真中のチャレンジャーが復活しちゃうんじゃー、うーーーーん、300Cハイ消えたーみたいな。いやこの300C、北米で大ブレイク中でして、GMやフォードが危機的な状態になってるのにクライスラーはこの300Cのおかげで絶好調らしいです。モノが間に合わないんで日本に入ってきてなかったらしい。今年から右ハンドルで大量に入ってくるらしいんすよね。 右の両画像をクリックすると別枠で拡大サイズで見れます→

■2004年6月19日■

「コジマKE007が28年ぶりにグッドウッドフェスティバルで復活するらしい。」

っと掲示板に がさん の書き込みがありまして。おーーーみたいな。情報どもどもありがとうございます。情報はこちら↓

 ttp://www.btinternet.com/~K_Nvfr400/index.htm

(↑のあらすじ)
1976年10月22〜24日 富士スピードウェイで 「F1選手権インジャパン」 が開催されました。その日本ではじめて開催されるF1グランプリに純国産マシンが参加してました。京都のコジマKE007。長谷見選手のドライブで予選1回目で決勝用タイアでポールの0.5秒落ちのタイムをたたきだす。あわてたヨーロッパトップチームグループがグットイヤーのスペシャルコンパウンドの予選用タイアで抜き返しに。しかし最終的に1回目予選は暫定ポール車と長谷見選手のタイム差はたったの0.12秒で終了。いきなり未知の日本製マシンを操る未知の日本人ドライバーのめざましい活躍ぶりにイギリスBBCなどから急遽記者会見を要請される。バックにトヨタがついてるのか?ニッサンがついてるのか?と外国記者に質問責め。実際大資本とはまったく無関係。その後予選2回目。長谷見選手、最初の一周目のアタックの中間計測で1回目を1秒以上上回る驚異的なハイペースな走りを見せるものの最終コーナーで250キロでタイアバリアにクラッシュ。幸い怪我はなかったので急遽大破したコジマKE007を修理する事に。

ここで登場するのが近藤レーシングガレージさんなんですねーー。京都コジマさんは近藤ガレージさんを富士の拠点にしてたんですよね。近藤さんもその直前までヨーロッパF1をメカニックとして転戦してたんで当時現地のF1を実際に知っている唯一に近い日本人という事で、日本初のF1グランプリ開催に出場する日本初の純国産マシンのメンテナンスガレージを引き受けてました。


大破したコジマKE007を見て近藤さん、新車をもう一回作り直す決意を固める。京都から図面を取り寄せ、観客として富士に来ていた日本全国のレース屋さん仲間をかきあつめ、徹夜40時間でF1をほとんどゼロから作り直し。結局問題を起こしたサスアームのボルト類をすべて10ミリから12ミリにサイズアップして部品を作り直し。たったの40時間で問題を起こした部分の対策をしながらもう一台F1を作ってしまったんですよね。これには来日してたチームロータスの創始者のコーリンチャップマンもびっくり。40時間でF1マシンを作ってしまうなんて奇跡だとコメントしてたらしいです。F1の神様チャップマンをビビらせた近藤ガレージさんでの仕事。うーーーーーん。世界一の自動車生産国に登りつめようとしてた頃の日本っすからね。やっぱ当時の自動車マンってのはみんなすごかったんだよなー。世界に追いつけ追い越せって時代だから、うーーーん、最高の人材が自動車界に集結してたんじゃろな。うーーーん、このお話、脚本家が無理やりな演出しなくてもストーリーそのままだけで充分ぶっちぎりに感動的な番組作れると思うんですけど、どーでしょ?某放送局さん?なんつって。えへへへ。いやいやいやいや。

決勝グリッドになんとか車を間に合わせ、決勝レースで長谷見選手がファステストラップ!!!を記録。実際マシンはかなりギリギリの状態でヤバかったらしいですけど見事に11位完走。現在、前代未聞の強烈な予算組んでおっても万年ビリの某F1日本メーカー、うーーーん、なんか違うよなあーみたいな。にしてもなーー、某タレントが同じ名前使ったチーム作ってルマンとかやってるみたいだけど、うーーーん、まぎらわしいから辞めてほしーよなー。別に近藤さんはなんも言ってないけど、ワタス的に許せない。うーーーん困るよなー実際。F1でチャップマンやBBC、いや世界を驚かせた屋号なのに同じ名前パクってルマンのビリっけつ走ってもらったんじゃーハタ迷惑なんだけどなーー。名前かえてくんない?ちょとモラルなさすぎでない???ほらタマゴッチみたいな愛称あったじゃん。あれが丁度いい感じで似合ってるって。うーーん。

そうそう最後にこの話題が掲示板で出た直後近藤さんっちに遊びいったら、その時の長谷見選手がクラッシュしたコジマF1のモノコックの残骸ウチに残ってるよ、みたいな。写真とってく?みたいな。いやいやいやいや、すごいもの見せてもらいました。邪魔だから捨てようと思ってたけど、みたいな。新しくなるFISCOに寄付しよかとか。レース屋って過去の仕事とかに執着しないそーで常に次のチャレンジにむけて創作欲をかきたててるよーなトコあるらしいです。新しい発想で次に勝てるものを追っかけるのが仕事であまり過去作ったものに拘らないと。なるほどー、そーいう世界かもなーーみたいな。いやいやいやいや。にしてもなんかすごいモノ見せてもらったでつ。はい。いやいやいや。

そだこのHPの締めくくりに 「日本人がドライブし、日本製F1でレースをする‥‥‥それ以降、未だに誰も果たしていない。」 てコメントが。だよなー。日本チームで日本人ドライバーってのは未だにない。最初のレースでこんなトラブルかかえながら世界をビビらせたっつー意味で、うーーん、世界一に登りつめようとしてた日本ってのは確かにすごかったよなー。いい人材がいい仕事してたよなー。今の落ちる一方の日本となんか違うよなーみたいな。はい。


■2004年7月26日■

いやねっ、近藤さんにステッカーもらいまして。いやーー例のコジマF1大修理の時に作ったステッカーらしーです。外国のF1みるとステッカーだらけだからウチも何か貼ろうよって話になってF1作り直し作業した近藤さんもなんかあったら貼ってよって言われてその時あわてて近藤さんが考えたデザインだそーでつ。当時英国のユニオンジャックとか自分ち国の国旗のガラを4分の1使ったデザインみたいなステッカーが流行ってたそーで、それなら日の丸4分の1でいくしかねーでしょーーみたいな。外人とか漢字見ると喜ぶから漢字も入れちゃえーみたいな。うーーーーん、しびれる話っす。長谷見選手の乗ってたコジマF1についてたステッカーのロゴは写真左下のタイプ。最近になってロゴを今風に手直ししたのが上のタイプ。20世紀バージョンと21世紀バージョンみたいな。いやー−−−どっち貼るかなーって迷ってたら両方もらえました。いやーーー、やべえ、これもったいなくて貼れないから会社でスキャンして複製したもの車に貼るべ?みたいな。いやね、GTR2号もそろそろ完成してきまして、なんとなく話の流れてステッカーいる?みたいな。いやーーー、ほんと前から欲しかったんすが、ワタスみてえなのが貼ったら名汚しになっちまうんでねーかって事で恐れ多くて頼めもしなかったんすが、いやーーーどもどもでつ。とりあえず家宝にさせてもらいまつ。いやね、ここのHPのGTRGTRGTRのタイトルに使ってる写真。あれ間瀬のオプション業界レースとかの写真なんすが、あれ古いからGTR2号にこのステッカーつけて写真とって写真更新しなきゃって言ってもらいまして。いやーーー、涙出るっす。いやーーー。いつまでも過去の写真貼ってちゃいかんすよね。GTR2号でガンガン走ってもう一華咲かせて更新できるよーな写真とらねーといかんでつ。えっへっへへへへ。いやいやどーもありがとございました。

しかしこのステッカーガンメタ32GTRのフェンダにあてがうんとメチャメチャエグくてかっちょいいんすよ。右翼っぽい?とか言われる事あるみたいすけど、そこが渋い。そうそう外車なんかこれでみんなやっつけちゃうぞーみたいな。いやーー。やべえ、車やステッカーに対してドライバーがショボ杉だし。やべーーー


って記事HPにアップしたら速攻で前車お願いしてたテクニカル仲間のエロネタ好きのハチロク師匠から裏切り者ーーって今メールがきまして。結局今もエロネタメールやりとりしてるんすが、いやいや伝統の間瀬やテクちゃんの思い出消し去るよーな事はしやせんぜ。ワタスの大事な青春の1ページなんで。えへっへへへ。いやいや、あの頃はまだ20歳代だったからなー。もう40歳過ぎちゃったけど20歳代の頃思い出してもう一がんばりしてみよーかみたいな。んな感じでつ。うっへへへへへへ。しかしエロネタほんと好きだよなー。いやいやいやいや。


■2004年4月22日■ 富士スピードウェイ ショートサーキットオープン!

本日オープン初日の富士スピードウェイ ショートサーキットのお試し走行にいってきやした。

■2004年7月29日■ 富士ミニサー走行2回目!

富士のミニサーに行ってきやした。オープン初日の4月22日(下に記事あり)以来2回目っす。前回は4500回転以上にならないとオパワーバンドに入らない仕様だったんできびしかったんすが今回はバルタイなどで500回転以上パワーバンドの立ち上がり下げる事に成功したんでずいぶん走るの楽になりました 。
主催者のWPOさんから連絡がありまして参加者約50台?(後で確認しまつ)の中でワタスのGTRは2番手のタイムだったそーでつ。

1位 ランエボ       35.417
2位 GTR2号      36.524
3位 ポルシェ996GT3  36.7

(コース状況 雨 ハーフウエット) (コースレイアウト  最長コース)
(参考)ポルシェ996GT3RS 40秒くらい。やっぱミツビシの車はすばらしい!がんばれミツビシ!


 ←富士ショートコース。動画、車載はこちらにあります。(高画質27メガバージョンに加え見やすい普通画質7メガバージョンを追加しやした。)
2回の富士ミニサー走行会の詳細レポートはこちら。

■2004年6月20日■ S31のO氏からヒザヒザに電話。今FDの17インチホイル用ブレーキをS31に移植する時の位置決め用にFDの純正パッドハズして手持のスポーツパッドと交換してくんない?みたいな。ついでにHPの写真が古いから更新用の取材に来るよーにと。なんで純正パッド必要なんじゃろとくわしく聞いてみると、社外パッドは大きさに微妙のズレがあるんでキャリパーの位置決めを標準的な純正パッドでやっておきたいそーでして。マツダやトヨタってローターの外周1ミリくらい残してパッドがあたるんでローターが磨耗するとパッドが外周の縁にひっかかって抜けなくなる傾向あるんでミリ単位でキチっと一番外周にパッドが正確にあたるよーにキャリパーをセットしたいっつー事でした。なるほどーー。えーーーー、とりあえず取材?に行って撮ってきた写真アップします。

←S31レポート


■2004年3月28日■

バイクにカメラ固定したらどんな感じになんのかなーって事で。カメラテストっす。安全第一でスロットル3分の1くりゃあしか開けてにゃあでつ。ライテクもねーんでとりあえず軽く流してる様子っす。あぶねーし。速度はだいたい20キロくらいらしーでつ。はい。

しかしこのバイク純正で300度カム入ってるんすよね。にしてはフラットなパワー特性だけどやっぱパワーバンド6000回転くらいから?いやよりいいのは8000から?しっかしけっこう上まで回すのこえーんすよ。GT−Rとか何馬力あったってこえーって事はにゃあんだけど。えっへっへ。


左がワタスが所有する2000年モデルの340キロフルスケールメーター。右はお店にあった2001年の300キロリミッター付き規制モデルのメーターっす。

■2004年1月25日■
Hot Version SPECIAL RUN in 筑波
えーーお目当てはハチロクN2バトルっす。なんせ放置中のハチロク、そろそろコンピュータ買わないといけないんでそのヘンの情報収集したいし、このハチロクN2レースけっこう面白いんで何回か見にいってるし、うーーん、ハチロク師匠も強力に誘ってくるし、ってなワケでもう40にもなって寒い中んな遠出したくなかったんすが筑波に見学にいってきやした。ホントはあそこまで行く根性と金あるんなら走りてえよなあー、みたいな。うーーん今回は8人で2台の車に分乗で安く行けるから、まっいっかみたいなノリだったんすが、実際フタあけてみたらひじょーーーーーに内容充実で面白かったでつ。うーーん、老体にムチ打って無理して行ってきた甲斐あったわいみたいな。

←ハチロクN2バトル、ニスモGTRバトル、GT500NSXタイムアタック51秒レコード、グループA32GTRデモランの様子のレポートはこちら。
←その時の動画レポートもありまつ。動画の部屋へ

■2004年1月11日■ 東京オートサロンっ!

東京オートサロン行ってきやした。近年ワカモノのスポーツカー離れが進行してやして、ワタスも第一回エキサイティングカーショーの頃から毎年欠かさず通ってるんすが、特にこの数年はミニバンのエアロオンパレで走り系のショップがちぃーーさぁーーくなってた傾向あったんすが今年はけっこう走り系が復活してる感じ??どーも海外の日本車ユーザーの日本車改造ブームがやってきてるんすかね。外人の客が多かったらしいでつ。プレスデーと初日は外人だらけだったっつーお話し何箇所かで聞きやした。えーー展示内容、車の話は下に続きやす。くわしくは別ベージに。

←ニスモブース、ニサーンブースの次期GTR開発担当者の講演会などスカイラインやニッサンの話題はこちら
← コンパニ写真はこちら。

※ハチロク、FD、エボ、キューブなど当HP取り扱い車種についてはそれぞれの当HP専用ページでレポートしてまつ


■ おまけ ■

ど−−も、どーーも ! ニッサンの車のページなのに・・くうぽんぽんさんが、いらっしゃいました・・歓迎のラインダンスです・・トヨタ車もよろしくですとよ・・

景気づけです・・・これずっと見てても飽きないのは僕だけ?